子供の成長が嬉しいし寂しい。


子供の成長ってほんと早いね。

いつのまにか笑えるようになって、首が座ったと思ったら寝返りして、かと思えばハイハイできるようになって、つかまり立ちしてあるきはじめてる。
前はお茶を飲むために、コップを傾けるということもわからなかったのに、今はもう、上手に一人で飲めるようになっていて・・・

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悪いことして怒ったら、怒られていることにすら気づかずきゃっきゃと笑っていたのに、今はもう、怒られているということがわかるようになってきた。
以前は絵本に興味なんて全くなかったし、ページをめくるなんて知らなかったのに、今はもう、一人でページをめくって挿絵で遊んだりしている。

おっぱいを飲む頻度も減ってきて、食べる量がぐんと増えた。

見過ごしそうなこういった成長の証のひとつひとつを、一番近くで見ることができるのは母親の特権かな。
子供が産まれて、今まであたりまえのようにおくっていた日常が、ものすごく自由な日々だったんだと実感したり、
泣き止まなくて途方にくれたり、自分の体調が悪い中のお世話が大変だったりしたけれど、

でも、そのぶん子供への思い入れが強くなっていって、親子の絆を深めていったんじゃないかなと思う。

パパは、私と子供を家において、一人で会社に行かなきゃいけないから寂しそう。
それに、子供から必要とされているという実感が少ないみたいで、もっと子供からの愛情を感じたいみたい。

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子供が泣いたときに自分が泣き止ませることができないと、パパも落ち込んでたまに泣いてる。
私がお風呂に入ったりして、私の姿が見えなくなった瞬間に子供が泣くから、「パパもいるのに・・・」とへこんでる。

でも、きっと、もっと物心がついたら、この子はパパっ子になるんじゃないかなと思う。
そうすると、私が寂しくなりそうだから、パパっ子にもママっ子にもなってほしい。

たくさんの大人と愛着感情が育めると、自殺するリスクが減るらしい。
困ったときに「困った」といえる相手が、いつもいつも両親とは限らないしね。
ときには、程よく離れている人にしか甘えられないときがあるんだろう。

そう言い聞かせて、おばあちゃんが子供を離そうとしなくても、返してもらうのを我慢している(笑)

子供が一歳になって、突然死のリスクが減ってほっとしたのも束の間、いろんなものに興味をもって、危ないこともわからずにやるから目が離せない。
高いところから転落するんじゃないか、飛び出して事故にあうんじゃないか、変なものを喉につまらせちゃうんじゃないか、心配事は挙げたらキリがないのに、いつかは自立するために子離れしないといけない日がくるのだろう。

今はまだ、「一人の人間」というより、「私の赤ちゃん」という思いが私の中で強すぎて、親離れ子離れなんて考えられないけれど。

優しく愛情深い人間になってほしい、自立した人間になってほしい、人を大事にして人から大事にされる人間になってほしい、
毎日いきいきとすごしてほしい、いろんなことに興味を持ってほしい、経験を自分の糧にできる人になってほしい・・・

パパは、賢い子になってほしい、片付けができる子になってほしい、優しい子になってほしい、とかいろいろ言っていた。

あげればキリがないほどの願いをこの子に託している。

一番はダントツで、「しあわせになってほしい」。

でも、そういう子になるために、自分はしっかり育てているだろうか。
私の都合にあわせて、子供を振り回していないか。
私の都合にあわせて、子供をしかっていないか。
私の都合にあわせて、子供をかまっていないか。

子育てって難しい。
自分だって完璧な人間には程遠いのに、完璧な人間に育てようとしても無理だろう。

私の得意分野、不得意分野をしっかり見極めて、夫と協力しあっていこう。

完璧な人間には育てられないけれど、愛情が伝わるように育てていこう。

抱っこ紐の中にあるこの小さなぬくもりと見た夕日を、いつかは懐かしく振り返る日が来るのだろう。

早く大きくなって、私を安心させてほしい。
いつまでも子供のままで、私のそばにいてほしい。

矛盾する気持ちを抱えながら、一瞬一瞬を大事に過ごしていきたい。

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